日常が奪われた日:1
8月10日の夜,お盆前ということで実家に帰省しました.
8月11日の朝,母がこはくと戯れており,その日も何気ない一日になると思っていました.しかしその日は,辛く苦しい日々の始まりとなる日でした.
実家では,母が衣服の小売店を営んでいます.
その日の午前10時40分頃,母が店の外に出ている間に,赤ん坊を抱えた女の方がお店に入ってきました.
「ごめんください,ごめんください,だれかいませんか?」
母がいないので店へ出て行くと,その女の方は続けました.
「おたくの奥さんが車に跳ね飛ばされました」
寝耳に水というか何というか,一瞬何を言っているのかわかりませんでした.
狐に抓まれた思いで父と店を出ると,店の前の道路に車が一台止まっており,周りには人だかり.そして車の前方に仰向けになって倒れている母.
母の名前を叫び母のもとへかけよる父.左頭部をはげしく腫らし,鼻血を出して倒れている母.意識はありません.母のもとへ駆け寄って数分足らずで救急車が到着.僕たちに事故のことを知らせる前に黒服長袖の男性の方が全ての処置,手配をして下さっていました.
不安と混乱の中,父を救急車に付き添わせ,姉を呼び,搬送先の病院へ向かわせました.残った僕は店を閉め,目撃者の方に残ってもらい,警察の事故処理係が来るのを待ちました.
事故現場は見通しの良い直線道路.目撃された方々の話では,
・店の前にある銀行へ行くために,母が左右を確認して歩いて渡ろうとしていた.
・その時,あたりに動いている車はなかった.
・母が道路を歩いて横断中,車がスーっとやってきてそのまま母を跳ね飛ばした.
処置,手配を行ってくれた男性の方は,事情があったのか,名前や連絡先は教えて下さらず,警察が来る前にその場を後にされました..が,他の目撃された方,2名が残って下さりました.
加害者,車を運転していたのは齢81歳のお坊さんでした.母を跳ね飛ばした車は,フロントガラスが割れており,そこに母の髪の毛が生々しくはりついていました.そして警察の到着を待つ間,加害者のお坊さんが僕のもとへやってきて一言,口にしました.
「急に飛び出してきた.」
僕はその時,生まれて初めて,本当の殺意というものがどんなものかを知りました.その後,少しの間,記憶がないのですが,やがて警察の方がやってきました.
加害者のお坊さんは,警察にも同じように,「急に飛び出してきた」と証言していました.
自らの手で人を一人,殺しかけておいて,その態度.お坊さんというよりも,人間として・・・.僕は混沌とする様々な感情を抑えて,警察の方に目撃された方々を紹介,その方々の話を聞いてもらうようにお願いしました.
目撃された方が複数名いたのが幸いでした.警察の方が目撃者の証言を聞き,再び加害者のお坊さんに問いただすと,彼は「事故時の記憶がない」と.ならば何故...
やがて,事故の現場検証を終え,目撃された方々の名前と連絡先を伺い,僕自身も搬送先の病院へと向かいました.
事故から20日が経ち,母が集中治療室(SCU)から出て少しずつですが回復に向かっています.少し心にも余裕が出てきたと思い,ノートに書き溜めている記録を文章に起こしているのですが,やはりまだまだ辛いです.そんな中,家族共々,こはくの存在に癒されています.彼の存在は大きい.


かなりひどい状況やね・・・
自分は彼らを信用してませんが仮にも聖職者なんだから変な保身に走ってほしくないね・・。
ただ、命が助かって本当によかった。
それにしてもこういうことを冷静に文章に起こせるってすごいと思うよ。
うちは事故に関してはトラウマになっててちゃんと振り返ることもできなくなってるからなあ・・。
> nobu
ありがとう.本当にひどい状況だよ.
冷静じゃないよ.すごくその日のことが焼き付いてて.
この先の事をブログに書こうと思ったけど,今はまだ無理みたい.
事故の日から全部ノートに記録は残しているんだけどね.
まとめるのはやっぱりもう少し時間が経たないと無理そう.